キャンプ場を、一人の少年ともう一人の少女が走っている。
少女・・・水彌のポニーテールが揺れる。

案外姿をくらますために隠れる場所を探しても、適したところは見つからないものだ。
・・・何処へ隠れても、すぐに見つかりそうな気がしてならない。
「テントの集落には隠れないでおくぞ。」
水彌の手を引く少年・・・哉慧が言った。
テントの集落に行けば、テントの中の人を巻き添えにする可能性がある。
とりあえず二人はテント周辺を避けることにした。・・・となると、結構隠れる場所が限定される。
二人は再び、林の中へ駆けていった。

林の中に入ってどれくらい走っただろうか。
「・・・ここまでくれば大丈夫かな・・・。」
哉慧が足を止めると、水彌も止まった。
上を見上げると、黒い木の枝が、夜空を覆っている。
満月は、黒い枝の隙間から淡い光の筋を伸ばしている。
足元には木の根が巡っていて、地面はデコボコしていた。
風は止んでいて、意外に林の中はしんとしていた。
林の中の空気は少し湿っているようでひんやりしていた。走りづめで熱くなった体を優しく冷やしてくれる。
哉慧も疲れていたようで、切り株に腰を下ろしていた。
「ねぇ、哉慧・・・。」
水彌が大きな木の根に座ってから言った。
「どうした・・・。」
「いつも天舞の邪魔してんの?」
天舞が『何時も僕の邪魔してる』と言っているのが、水彌の耳にやけに残っていた。
まぁ耳に残るのも無理ない。あんなに取り乱して吼えていたのだから・・・。
「邪魔というか・・・まぁ、天舞にはそう思われてもしょうがないけど。」
「どういうこと?」
「過去にも天舞は狂ったことしててな・・・ターゲットにされてた人を守ってたんだ。」
「え、ええ・・・。」
「まぁそのときは、天舞の届かないところに逃げれば良かった。僕は車を運転できるしね。
 天舞も流石に車には追いつかないし、天舞は車を運転したことないし。こんな真夜中にゃ電車だって走ってないし。」
天舞は実は、未成年である。
「でもターゲットになった人って最終的にどうなっちゃうの!?」
「今も生きてるさ。」
「だけど哉慧、天舞はターゲットを殺すまで変えないんじゃなかったの?」
「いや、ターゲットは一夜に一人って感じだな。」
「え?」
「幽霊がどうやって乗り移ってるか知ってる?」
「・・・ううん。」
「まぁ知ってるわけないか。寝ている人に乗り移ることができるんだけどね、
 眠りにはレム睡眠とノンレム睡眠があるんだ。更にノンレム睡眠は、浅いノンレム睡眠と深いのノンレム睡眠がある。
 レム睡眠のときは脳は活発に活動している。」
「う、うん。」
というか、小六には難しい話である・・・。
「そして深いノンレム睡眠のときに、脳は休息を取っていて、活動が低下している。」
「へぇ・・・。」
「その脳が休息をしている間に、体を失敬できるのさ。レム睡眠や離床のときは脳が活発に活動しているから乗り移れない。」
「へぇ、深いんだねぇ。」
「うむ。しかし体を借りれるのは夜の間だけなんだよ。」
「そのまま乗っ取ったりはできないの?」
「できないんだ。朝、太陽が昇ってその光が目に入ると、その刺激で脳が起こされてしまうんだよ。
 起きてから日光を見ると、目が覚めるって言うだろう。
 だから昼間に体を借りるのは極めて難しいよ。というかそこまでして体を借りようとも思わないし。」
「じゃあ朝になれば、天舞の霊はポーカーの体から抜けていくの?」
「正解。今までもそうで、夜に天舞は乗り移ってターゲットを決めるが、朝になって強制的に体から追い出される。
 そして霊体でフラフラして、夜になるとまた別の人に乗り移って別の標的を・・・といった感じ。」
「じゃあ朝まで逃げ切るんだね。」
「ああ。このキャンプ場内で、捕まらないように逃げ回るしかない。朝までの辛抱だ。
 それにしても・・・やっぱり眠り状態の体は動き心地が良くないなぁ・・・。まぁ天舞も同じだがね。
 ただこの体は僕のじゃないから、傷つけないように注意しなきゃな。
 ちなみに天舞もだ。中身が天舞であれ、体はポーカーのものだから、危害を加えてはいけない。」
「ああ、そっかぁ。でもそうなると難しいね。逃げるしかできないんだ。あと哉慧、哉慧と天舞ってどんな関係だったの?」
「天舞と僕か・・・義理の兄弟ってとこだなぁ。」
「義理の兄弟?」
「・・・ああ、でもまだ違うな。義理の兄弟になる前に事故ったから。」
「なる前に事故った?」
「うん。天舞の姉と僕は婚約してたんだよ。まぁ・・・入籍する前に死んじゃったけどさ。」
「じゃあ天舞のお姉さんは可哀想だね。弟と婚約者が一度に亡くなったんだから。」
「いや、助手席のBさんが天舞の姉だから、一緒に昇天したのよ。」
「あ、そうだったんだ・・・。じゃあ天舞のお姉さんの霊は?」
「先に天へ逝ったよ。そのときまだ、天舞がおかしくなってることに気づいてなくてな。
 僕が天舞の異常に気がついたから、まだここにいるってわけ。放っておいたらどんな悪さするか分からなかったからな。」
「そうかぁ。だけど天舞がおかしくなっちゃうのも分かるなぁ。私も兄弟亡くしたりしたらおかしくなっちゃうかも・・・。」
「まぁそうだがな。僕だって自分の首が飛んでたときには驚いたさ。だからと言って天舞のやってることは良くないだろ。」
「そうだね・・・。」
「だから同情はするつもりは無い、天舞が悪さをする限・・・!!」
「・・・哉慧?」
哉慧は立ち上がり、水彌の腕を自分の方へ強く引っ張った。
「何ッ!!??」
後のことを考えずに腕を引っ張ったものだから、水彌は引かれるままに引かれ、哉慧に衝突した。
哉慧は水彌に倒れこまれ、同じくバランスを崩して倒れた。
「っっってぇ・・・!」
地面は木の根でボコボコなので、その分背中にくる衝撃が強かった。
「何すんのよ・・・!」
水彌が哉慧の胸に顔を埋めたままで怒った。
「水彌、後ろ。」
哉慧が水彌の後ろを指す。
「な、なんなの?」
水彌が振り返ると・・・人影が・・・天舞がいた。
「て、天舞・・・!!」
水彌が目を見開かせた。
天舞は両手にロープの両端を握り締めていた。・・・背後から忍んで水彌を絞殺するつもりだったのが窺える。
彼は転んだ水彌と哉慧を見下ろして舌打ちをした。
無論天舞はあと一歩のところでターゲットを殺し損ねたのだから、ご機嫌は傾いていた。
「・・・邪魔しやがって・・・。」
「邪魔してるつもりは無いって言ってるだろう。お前だけの都合で人を殺すな。」
哉慧がまともに天舞の言葉を受けて、発言をした。言い返したって無駄なのだが。
「おい哉慧・・・お前が人のこと言えるのか!?姉さんを殺したくせに!!」
天舞は大きく目を見開き、顔を赤くして怒号をあげた。
「あれは故意でやったものじゃない。もうこれ以上犠牲が出るのを見たくないんだよ、僕は・・・。」
「だけど殺した!!お前は殺したんだぞ!!」
完全に天舞は取り乱している。天舞は哉慧の言葉に聞く耳を持たない。
会話したいにも相手が聞かないのでは意味が無い。
哉慧がつまらなそうに舌打ちをした。
「ねぇ哉慧、逃げよう・・・!」
水彌は、あまりに憤慨している天舞に恐れをなした。
天舞を本気で怒らせたら、何をしでかすか分からない。相手は正気でないのだから・・・。
「ああ、僕もそう思ってるけど・・・まずどいてくれよ。」
今水彌が、哉慧を押し倒してる状態であった。
「あっ、ごめん。」
水彌が立ち上がった。続いて哉慧も体を起こした。
天舞は血走った目で二人を睨んでいる。
「姉さんを殺して、よく平気でいられるな・・・!」
「平気じゃない!僕は本気で琥珀(コハク)を愛していた!!」
「嘘吐け!!その女は守るのに姉さんは殺した!!」
「だから事故だって・・・」
「哉慧、言い返したって無理だよ・・・。」
「・・・そうだな。」
言い返しても相手が受けてくれないんじゃ意味が無い。
二人は酷く憤慨した天舞に背を向け、林の奥へと走っていった。
・・・それを静かに見守る天舞ではない。

「・・・っはぁ・・・はぁ・・・。」
二人は月明かりが届かない暗い林の中を走っていた。
水彌は夢中で足を動かせていた。天舞に追いつかれるのではないかと思うと、自然に足早になる。
ある程度走り、水彌にも余裕が出てきたとき・・・やけに荒い吐息が耳についた。
水彌の吐息ではない。
「・・・哉慧?」
「・・・っはぁ・・・み・・・水彌・・・。」
さっきまでは水彌の腕を引いて走っていた哉慧なのに、少し走っただけなのに息切れをしていた。
「どうしたの!?なんか変だよ!?」
「・・・やっぱり睡眠状態の体は・・・辛いな・・・。」
ノンレム睡眠状態の体を走ったり人を抱えたりさせるのには、それなりに負担がかかるようだ。
本来体も休息しているのに、無理して動かしているわけなのだから・・・。
苦しそうな哉慧を黙って見てるだけなのは、水彌も辛い。
「休憩しよ?」
「ああ、その方が有難いよ・・・。」
しかしいい加減なところで休憩するわけにはいかないので、とりあえず二人は早歩きで林を彷徨った。
再び林の無造作に立つ木々の間を抜け、ごつごつした地面を踏みしめた。
歩きに歩き・・・と、二人の目に淡く白い光が飛び込んだ。
「・・・抜けたのか?」
しかし、光の奥にはまだ無数の木が並んでいる。林を抜けたようではないようだ。
「・・・道だ。この林の中に、道があるなんて。」
月光に照らされて、白いコンクリートの道が、眩しい程に白く輝いている。
この道は、何処に続いているのだろうか・・・。
「あ、この道・・・。」
「? なんだ・・・?」
「この道の先には薪小屋があるはず。そこで休憩しよ?」
「そうだな・・・。」
二人は白いコンクリートを踏みしめた。

淡い月明かりを白く反射させるコンクリートの道は、空に輝く天の川のように美しかった。
哉慧に水彌が肩を貸す格好で、薪小屋に向けて二人は歩いた。
それほど時間は掛からなかった。
丸太でできた、可愛らしい薪小屋が前方に小さく見えた。樵でも住んでいそうな小屋だ。
小屋の隣には薪が山積みにされていた。薪の山の前側には、幾つもの斧の跡が刻まれている切り株がある。
小屋のドアノブをひねると、すんなり回転した。
「・・・あいてる!哉慧・・・!」
水彌は哉慧に小屋の中へ入るように促す。
哉慧が小屋へ入ると、水彌も入り、急いで扉を閉めた。
それから、もしものことを考えて、ドアに内鍵をかけた。
小屋の中は真っ暗だった。林の中よりも暗い気がした。それでも一箇所から、光の筋が伸びている。
「・・・ふう、すまんな。」
哉慧は壁に凭れ、そのままずるずると姿勢を低くした。
「いいよ。私も疲れてたし。」
水彌も座り込んだ。
水彌も走りっぱなしで、哉慧までとはいかないが疲れていた。
哉慧は体操座りをして壁に凭れている。垂れた顔から、乱れた呼吸が聞こえる。
そんな哉慧に話しかけるりに気が引けて、水彌は黙っていた。
それにしても、殺風景な小屋だなぁ、と水彌は思った。
何も置かれていない。・・・いや、暗くて見えないだけかもしれない。
まぁそれでも薪小屋なのだから、そんなに生活感が無くてもおかしいことではない。
光は、淡く、物音立てずに、窓から降り注がれていた。
「・・・水彌、ごめん。」
小屋に哉慧の声が響いた。
反射的に、水彌が哉慧の方を向いた。
小屋を見渡すのに集中していて、隣にいる哉慧のことを忘れていたのだ。
いつのまにか哉慧の呼吸も静まっていた。
「ううん、いいよ。哉慧も無理しないで。」
水彌も落ち着いた声で言った。
哉慧も大丈夫そうだし、水彌も何だか心が落ち着いてきた。
水彌の自然に強張っていた顔が緩む。
水彌は顔を見合わせると、哉慧の顔がはっきりと映った。
哉慧は先程の苦痛の顔から一転して、リラックスした顔になっていた。
が、哉慧の表情がまた変わった。
「水彌・・・。」
「何?」
哉慧は・・・水彌を食い入るように見据えた。
哉慧がこんな目をするとは・・・。
「水彌って・・・こう見ると、琥珀に似てるかもしれない。」
「琥珀?」
「・・・天舞のねーさん。」
哉慧が肩を落とした。
「本当は僕が一番、事故を起こしたことを、悔やんでる。」
哉慧が顔を逸らし、またしても顔を垂れた。
「後悔するのがどんなに無駄なことか、よく分かってるのにさ・・・。」
何度哉慧は後悔してきたのだろう。
後悔するのが無駄なことだって思い知らされるほど、後悔したのだろう。
水彌は返せる言葉が見当たらず、黙っていた。
哉慧はそれを察した。
「ごめんな、水彌・・・勝手にこんなこと言って。」
「ううん、いいよ。」
「ってか僕が天舞を狂わせた発端だし・・・こんなことに巻き込んで、どうお詫びすればいいのか。」
「しょうがないよ。そんなに気にしないで。それに哉慧は人を助けてきたでしょ?偉いよ。」
哉慧が、ゆっくり頭を上げた。
「そう言ってもらえると嬉しいよ。」
「本当に助けてもらって、ありがとうって思ってるよ。」
「水彌・・・ありがと。」
哉慧の顔が再び緩んだ。

白く輝くコンクリートの道。
そこにコバルトの影を落とし、足を忍ばせ、
無表情のまま歩く青年がいた。

「それにしても、素朴な小屋だね。」
「そりゃ薪小屋だから、人は住まないし。」
二人は落ち着きを取り戻し、座ったまま小屋を見渡していた。
「でもかわいいね、この小屋。」
「じゃ住むか?」
「それはやだー。」
時間が過ぎていくにつれ、月が傾いていく。
窓から注ぐ月光もそれにつれ、入射する角度を緩やかにしていく。
そしてギラリと鋭く、冷たいものを照らした。
「・・・あれ?」
水彌の目に、銀色の光が飛び込んできた。
月光の光を受けて鋭く光るのは、無機質で、冷たくて、鋭くて、切れ味の良さそうな、
斧・・・。
「斧だ。」
水彌が珍しそうに呟いた。
「そりゃ薪小屋だから、斧ぐらいあるだろう。」
ご尤もである。
斧は小屋の壁に掛かっていた。その刃が月光に照らされ、鋭い光を放ったのだ。
斧は綺麗に整列していた。
大きなものから、水彌でも使えそうな小柄なものまであった。
「いろんな種類があるんだね。」
水彌は本物の斧を目の当たりにするのは初めてであった。
そりゃ水彌は、キャンプするのでさえ初めてなのだから、薪にお世話になったことが無かったのである。
窓から真っ直ぐ光が差し込み、壁の下のほうを静かに照らしている。
斧も静かに光っている。
「あれ?」
「どうした?」
整列する斧の一箇所に、やけに間隔が広いところがある。
「斧、足りなくない?」
「しまい忘れたじゃない?」
「まぁ、そうだろうけど・・・何処にあるのかな・・・。」
斧だって立派な凶器である。その斧が無いのだから、水彌は無償に心配になったのだ。
「そんなに心配しなくても・・・。」

ガチャガチャガチャ・・・。

小さな音だったが、小屋は静かだったのでちゃんと聴こえた。
確かに何かの音がした。間違いなく。
「?」
「何の音?哉慧?」
「僕何もやってないよ。」
「じゃあ何の音?」
「・・・なんだろうな・・・。」



ザクッッッッ!!!!

鼓膜を激しく振動させる音が、小さな小屋を満たした。


「!!!!!」

ザクッ!!・・・・ザクッッ!!ザクッッ・・・!

ただ何も考えず、力任せに切りつけられている。

小屋は、耳を塞いでも頭に響きそうな音を放つ。
小屋は完全に木製であったから、大きな刃物の前では一溜りも無いだろう。
こんなことをしそうな人物と言えば・・・
「天舞か・・・!」
寧ろ天舞以外に該当する人物がいない。
「ど、どっから凶器持ってきたんだよ・・・。」
哉慧の口元が引き攣っている。
「残りの・・・斧・・・!?」
水彌の不安が的中してしまった・・・ようだ。
小屋を見渡すと、出入り口は先程入ってきたドア一つのみだ。それと、窓もある。
まずドアは駄目だ。・・・今、天舞によって切り刻まれている。
窓から逃げるにも、窓は高いところにあって、水彌達の背では届かない。
逃げ場は、ない。



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