「え・・・!?」
水彌の眠気が吹っ飛んだ。
「あ・・・あの、ポーカー・・・いくらなんでもこんな冗談・・・。」
水彌は視線を、ポーカーの顔からポーカーの持っているものに転じた。
上に艶やかに輝く髪の毛、月光が顔のラインを作り・・・
・・・首だ・・・。
ポーカーが両手に鷲掴みにしているのは・・・間違いなく・・・。
「嘘・・・だ・・・。」
水彌が後ずさりをしようとすると、沙羅の体にぶつかって下がれなかった。
沙羅といえば、ぶつかられてもまだぐっすり眠っている。
「早く・・・。」
ポーカーは竦んで立ち上がるのもままならなそうな水彌を、冷たい目で見下す。
水彌は首を横に何度も振った。
・・・水彌は袋を持っていなかった。
「無いのか・・・。」
ポーカーは目を細めた。それを見た水彌は、嫌な予感がして一層震えた。
もしかして、この言葉はタブー・・・?
水彌は後悔させられた。ポーカーは舌打ちをし、眉間に皺を寄せ、顔を引き攣らせ・・・
見ての通り、かなりご不満のようだ・・・。
「・・・ゃあ、・・・ね・・・。」
かすかに、声が聴こえた。
ポーカーの唇が、わずかに動いた。逆光で見辛かったが、確かに何か言ったようだ。
「何・・・?」
水彌が聞き返す。
「じゃあ、死ね・・・!」
引き攣った口から、はっきりそう発した。
ギラギラとしたポーカーの目が、水彌を押さえつける。
ポーカーはただ沈黙したまま、目は水彌の目を見つめたまま、こちらに近づいてくる。
水彌の足はもうガクガクで、逃げるなんてもっての他だった。
竦む足は、全く言うことを聞かない。
それ以前に逃げ道が無い。入り口はポーカーがいる。テントの出入り口は一つだけだ。
「死ね」って言ってるぐらいだから・・・殺されるって考えるのが普通だ・・・。
水彌を見下すようなその目を見る限り、・・・今水彌を殺しても不思議ではない状態だった。

誰か・・・助けて・・・!


ドンッ!!

その音と同時に、ポーカーの体が傾いた。
両手に持っていたものを落とし、バランスが取れずにポーカーはそのままこけた。
ポーカーの背後から、誰かがタックルをしたのだ。
その"誰か"は、ポーカーを避けて水彌近づいた。
ポーカーはこけた拍子に額を打ち、激しい痛みに歯を食いしばっていた。
その誰かは、水彌ぐらいの身長であった。
それでもその体で水彌を、少し苦しそうに肩に担いた。
水彌は動けない状態だったので、何の抵抗も無く担がれてしまった。
そしてその誰かは、水彌を抱えたまま、テントの集落から走り去っていった。

揺れる誰かの肩に担がれ、水彌のポニーテールも揺れる。
この人が私を助けてくれた・・・。
水彌は揺られる頭をできるだけ起こして、その誰かの顔を見た。
真剣な眼差しで遠くを見据え、歯をくいしばっているその人の顔に、水彌は見覚えがあった。
「・・・っ・・・優斗・・・!」
月光の逆光でかすかにしか見えなかったが、その"誰か"が優斗だと断言できた。
何故こんな時間優斗が起きていて、更に自分を助けたのか、水彌には疑問に思えてしょうがなかった。
「優斗、ねぇ・・・・。」
水彌は抱えられたまま、優斗に話しかけた。
しかし水彌の声が聴こえないのか、無視しているのか、優斗は返事をしない。
優斗はそのまま闇が潜む林へと駆けていった。

何処まで駆けただろうか。・・・結構奥まで来たと思われる。
林の中は木々が月光を遮り、足元がまともに見れないほどだった。
しかしそのうち、空に伸びる木の枝も、足元の木の根も見えるようになってきた。
そして林の、木々がそれほど生い茂っていないところに優斗は立ち止まった。
優斗は抱えていた水彌を、そこにあった岩石の上に下ろした。
水彌はその岩石の上に座った。
運び込まれていた間、水彌はずっとみちるの携帯を握り締めていた。
まず水彌は握っていた携帯をポケットにしまった。
「・・・危なかったな。」
岩石の上に座った水彌を見下ろしながら、優斗が言った。
水彌も目が慣れてきて、はっきり優斗の顔を見れるようになっていた。
「優斗・・・なんで?」
助けてもらったのは確かに有難かった。
あのとき水彌の足は完全に使い物にならず、自力で逃げ切る似込みなど無かった。
しかし優斗が抱えてくれたおかげで、なんとかポーカーから逃げることができたのだ。
だがこんな時間帯に起きていて、しかもあんな状況で他人を助けれるなんて。
勇気があるというか、肝がすわっているというか・・・というより不思議な話だ。
「・・・悪い、僕は優斗じゃないんだ。」
優斗が言った。・・・というか、優斗じゃない優斗がそう言った。
「・・・えっ?」
水彌の肩がピクっと動いた。
「でも警戒はしないでね。僕は君の味方だから。」
その誰かが付け加えた。
「じゃあ誰なの?何処から見ても優斗だと思うけど・・・。」
優斗の姿なのに優斗じゃない。
面識が無いのに助けた。
・・・変な節が多すぎる。
水彌は改めて、その誰かをじろじろ見回した。その誰かは、外見は優斗だった。
髪型も顔立ちも背も・・・優斗そっくりというより、優斗そのものだ。
熱心に見る水彌に、その誰かが付け加えた。
「体は優斗だけど、中身が優斗じゃないってことだよ。」
「中身?」
「・・・うん。僕は哉慧(カナエ)って言うんだ。」
かなえ?
かなえ・・・・・・・・・・・・・・・ちゃん?
「女?」
「男。」
「哉慧ちゃんって呼ばれてそう。」
「呼ばれてないよ。名前はなんか女の子っぽいけど、男ね。」
水彌の言葉に、哉慧は苦笑した。
「ふ、ふーん・・・。ところで、どういうことなの?中身は哉慧って。」
水彌は話題が脱線していたので、本題へと切り替えた。
「うん、それはね、僕はもう死んじゃってるんだ。」
「えっ・・・。」
「つまり僕は幽霊で、優斗の体に乗り移ってるってわけ。」
「ええっ、嘘!」
水彌は幽霊を信じていなかった。
「本当だよ。ちなみにポーカーもそうだ。彼も別の幽霊に乗り移られてる。」
「嘘・・・優斗、正気?」
話の内容があまりにも非現実的過ぎる。信じろと言われても信じ難い話である。
「僕は哉慧だよ。」
「あんまり実感が湧かないんだけど・・・。優斗がふざけてるように見える。」
「そりゃ体は優斗だからね。」
「ふ、ふーん・・・。・・・あ、ところで何で見ず知らずの私を助けたの?」
優斗が助けたのならまだ分かるが、赤の他人が助けてくれるなんて。
勿論水彌は、『哉慧』という人物を知らない。
「助けてほしくなかった?」
「そうじゃなくて。」
食いつくトコがズレてる。
「というより、助けるために優斗に乗り移ったんだよね。」
「そこまでして助けてくれたの?」
赤の他人なのに親切な人だと、水彌は思った。
「うん。僕にはこれぐらいしか、償いようが無いんでね。」
「償う?」
「そうだ。今ポーカーに乗り移ってるのが誰だか見当つく?」
「うーん・・・。」
ぱっと言われて分かるわけがない。・・・が、大体誰だか分かった。
『この首を入れる袋をください。』と発言した人といえば・・・
「・・・今日聞いた怖い話のCさんだ。」
「ビンゴ。Cの霊がポーカーに乗り移ってるんだよ。」
「ってか、Cさんって言ってよく分かったね。」
「僕も乗り移ってなかったときあの話聞いてたから。ちなみにCの名前は天舞(テンマ)っていうんだ。」
「へぇ、天舞・・・。」
「それで・・・天舞を狂わせたのは僕のせいなんだ。
 あの話で交通事故を起こして、運転手のAさんと助手席のBさんの首がとれたって言ってたよね?」
「うん。」
「あの車を運転してたのは僕だったんだ。」
「え・・・。」
「だから僕のせいなんだ。しかし・・・」
「・・・どうしたの?」
「天舞はね、まだ自分が死んだって自覚してないんだ。」
「死んだって、何時・・・?」
話の中では確か、死んだのはAとBで、Cは生きてたことになっている。
「事故で天舞も僕達と一緒に死んでいたのさ。天舞は首は飛んでなかったけどね。
 霊になってからAとBの首が飛んでいたのを見て、気が狂って死んだことを認識できなかったんだ。
 自分はまだ生きてる気になってる天舞は、そのまま漂っていた。そしたら川の近くに民家があって・・・。」
「袋くださいって言ったの?」
「いんや。霊体では首は掴めないのよ。」
「じゃあどうしたの?」
「民家に住む人間に乗り移った。それから事故現場に戻って首を持って彷徨った。」
「袋をくれとは言ってないの?」
「今日言ったじゃないか。今日の怖い話は予告だったんだろうよ。」
「予告・・・?」
そう水彌が呟いた時だった。

ガサ、ガサ・・・。

林の何処からか、風とは違う木々のざわめきが聴こえた。
「・・・追ってきたか。忍ぶのがヘタだな・・・。」
「追ってきたって・・・。」
「天舞だよ。もう走れるか?逃げるぞ。」
「大丈夫。もう走れる。」
「じゃあ・・・走るぞ!!」
哉慧はそう言うと、水彌の腕を掴んで走り出した。

哉慧と水彌は走りに走り、とうとう林から出てしまった。
それでも哉慧は、走る足を止めようとはしない。
哉慧に腕を掴まれている水彌も、走るしかなかった。
「・・・出れるか・・・?」
「え?」
「・・・このキャンプ場から出るんだ。」
「でも他の人たちは大丈夫なの・・・?」
「天舞は絶対僕達を追ってくる。」
「・・・根拠はっ!?」
キャンプ場にいる人たちは、水彌の大事な友達たちだ・・・水彌が心配するに決まってる。
「やつは猪突猛進してる。水彌を殺すことしか考えてないだろうよ・・・。
 そうでなかったら、わざわざ林の中まで追ってくるもんか。」
「・・・!!」
「水彌を殺したら、別のターゲットを探すと思うけどな・・・。ところで出口は?このままじゃ捕まるのが時間の問題だ。」
水彌は哉慧に腕を引かれながら考えた。出口といえば・・・出口といえば・・・。
「・・・出れないよ!!」
「何!?」
「キャンプ場には高いフェンスが張られていて、出入りができないようになってるの!」
「でもこのキャンプ場に入ってきたんだろう!?」
「出入り口からしか入退場はできないよ!」
「出入り口は使えないのか?」
「鍵かかってるんじゃないの?」
「まぁとりあえず行ってみよう。ちなみに何処?」
「・・・哉慧だって入場したじゃないの!!」
「だって僕、本来は幽霊だもん。高いフェンスも楽々すり抜けられるんだなぁー。」
「あ、そっか。」
ごちゃごちゃ言いながら、二人は出入り口に向かって突っ走った。

キャンプ場に疎らに生えてる木を何本を追い越しながら、二人は走った。
「・・・ここ!」
水彌が指を指す。・・・指した先には、木製の家があった。
木製の家の隣に、出入り口があるが・・・。
「鍵かかってるな・・・。」
出入りができないように、鍵がきっちり閉められていた。しかも鍵は複数ある。
出入り口はフェンスほどの高さがあり、走って近づく間に乗り越すのは無理だと二人は思った。
「壊せないかな・・・。」
「壊した後どうするの!?変な人が入場するかもよ?!」
「ああ、そうだな・・・。だけどどうにかして出たほうがいいと思う。これじゃ袋の中の鼠だ。」
扉を壊すのも乗り越すのもできないのなら・・・
「鍵を探すしかない!」
声を揃えて二人が言った。
「鍵は何処にあるかな・・・。」
「この小屋の中に無いか?」
「じゃあ行ってみよ!」
水彌が小屋の扉に駆け出した。そしてドアノブを回そうとするが・・・やはり、回るわけが無い。
ドアノブはガチャガチャと音をたてるだけだ。
「鍵がかかってるのか?」
「うん。どうしよう。」
・・・と、水彌の目に、小屋の窓が映った。
それから哉慧に目を向けると、哉慧と目が合った。
水彌が窓ガラスを指差した。
「・・・窓ぶち破る?」
「いや、やめておいた方がいい。音で寝てる人が起きるかもしれない。」
「起こすとヤバイ?」
「そりゃね。天舞の標的を増やすことになりかねんよ。」
「う、うーん・・・じゃあ鍵、どうしよう・・・。」

ジャラ・・・。

金属の音。静かな真夜中のキャンプ場にさりげなく響く。

二人に、二人の影とは違う、別の影が伸びた。
「鍵、いる?」
水彌のでも、哉慧のでもない声が、二人の耳に届いた。
二人が同時に振り返ると、そこにはポーカーが佇んでいた。
まぁ中身はポーカーでなく、天舞であるが・・・。
天舞は先ほど水彌を追い詰めた顔と一転し、穏やかな表情をしていた。
それでも水彌は天舞を一目見た途端、嫌な寒気が体中を通り抜けていった。
「いらないの?」
天舞の右手に、銀色にちらつく鍵の束がある。
「・・・出入り口の鍵もあるの?」
月光にちらつく光を見つめながら、水彌が少々震えた唇を動かした。
「そうだよ?」
天舞が微笑して、首を傾げた。その仕草が何処となく嘲りのような気もしなくない。
「読まれてたな・・・。」
哉慧が舌打ちをした。
「あ、さっき僕にタックルしてきた・・・。」
天舞の目線が、水彌から哉慧に移ると同時に、天舞の顔から微笑が吹き飛んだ。
「君は・・・哉慧だよね・・・?」
冷たく、刺さるような目線。しかし水彌を追い詰めた目とは、何処かしら違う。
「そうだ。」
「なんで何時だって僕の邪魔ばかりするの?」
天舞の目は、ただただ哉慧を見つめている。・・・いや、見つめているというより、キッと睨みつけている。
「悪気は無い。別に邪魔してやりたいってわけじゃあないんでね。」
哉慧もまた、負けずと睨み返した。
天舞は怪訝そうに眉を顰めた。
当たり前だ。哉慧の発言は、天舞が期待していた返答ではなかったのだ。
やがて天舞の顔全体に怒りが広がっていった。
元々美形であるポーカーの顔も、憎しみと怒りで満ちた表情はいい眺めではなかった。
「・・・嘘をつくな!!お前は何時だって僕の邪魔ばかりしてる!!僕に何の恨みがあるんだ!!」
天舞は狂ったような声を出して憤慨した。
大声を出しても天舞の怒りは消えることなく、天舞は哉慧に向かって猛突進してきた。
しかし哉慧には十分避ける時間があった。
天舞の拳は哉慧には命中せず、後ろにあった扉に当たり、ダンと音をたてただけだった。
「痛くなかったか?」
哉慧が呟く。・・・天舞を見る目は冷ややかで軽蔑したような目だった。
天舞は顔を上げないまま、横目で哉慧を睨んで舌打ちをした。
「・・・お前も殺してやる・・・。」
「僕はもう死んでるから殺せないだろ。」
哉慧も霊である。
「煩い!お前も殺す!!」
何だか会話が成立してないな。・・・と哉慧が思っていると、再び天舞は哉慧に向かってきた。
次は哉慧は小屋に向かって走り、小屋の付近で呆然と立っていた水彌の腕を掴むと、また走り出した。
水彌も哉慧に腕を引かれるままに走った。
「・・・・・・・。」
二人の背を、天舞は憎しみに満ちた目で見送った。



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