ザクッ・・・バリバリバリバリ!!!
静寂を引き裂く音。
小屋が、あまりの痛みに耐えられない声を上げているかのようだ。
「ど、どうしよ・・・!!」
水彌が震え上がった。
音は水彌の不安を駆り立てるかのように、次第に過激に、非情になっていく。
心無き者にしか、こんなことはできないだろう・・・。
「小屋の壁を斧で開けて、そこから逃げよう。」
哉慧が斧を二本抱え、水彌にその一本を渡した。
しかし小屋の壁は、丸太を積まれてできている。
それに対し、天舞はそれより薄いドアを、しかも彼らより前に壊し始めたのだ。
二人がかりとはいえ、貫通するのは間違いなく天舞が先だ。
しかしだからと言って、何かしないと気がおかしくなりそうだ。・・・せめて何かをして、気を紛らわせたい。
二人もまた何も考えず、壁の一箇所にめがけて斧を振りあげた。
ガスッ
鈍い音を立てて、哉慧の握っている斧が壁に刺さった。
「・・・・んんぅ・・・抜けない・・・。」
斧の刃が丸太の壁に深く食い込み、抜けなくなってしまったのだ。
哉慧は成人とはいえ、今の体は小学生である。
水彌もまた、小さな斧を壁に突き刺すが、哉慧の二の舞となった。
もはや貫通どころではない。
刺さった二本の斧を前に、二人は絶品の絶望を味わった。
バリバリバリ・・・バキ!ドカ!!
二人の背に怒鳴るかのように響く音が、更に激しさを増した。
バキッ!!バキ!!ドン!!
コト・・・コト・・・
「もう、逃げ場はないね。」
二人の背に向かって、天舞は話しかけた。二人は体ごと後ろに向けた。
床には天舞の紺青色の影が、二人に長細く伸びていた。
天舞の足元には、大きさがバラバラの木の破片が散らばっている。
ドアを開けるだけなのなら蝶番を壊した方が早く開くだろうに、天舞は豪快にも、ドアを破壊して開けてくれた。
思ったとおり、天舞の手には斧が握られていた。
こんなに乱暴に使われて痛んだだろうに・・・。
「ラッキーだったよ。斧が外に一本あったから、ここ壊しちゃった。」
「・・・・・。」
哉慧も水彌も、返す言葉が見つからないようだ。
「流石に哉慧も・・・今回こそは覚悟してるみたいだね。」
・・・哉慧じゃなくたって、こんな状況になってしまえば、言葉を失うだろう。
哉慧の口は、ただただ強く結ばれていた。
強張った哉慧の表情とは裏腹に、天舞はニコニコと爽やかに笑んでいた。
水彌なんて、言い返すのなんてもっての他である。・・・震えて抵抗するのでさえ恐れている。
「今まで僕の邪魔してきたんだから、いっぱい苦しんでもらうよ・・・ハハハ。」
相当今の状況が嬉しいらしい。・・・天舞は笑いが止まらないようだ。
爽やか美男子の天舞(体はポーカーだが・・・)の笑顔も、今されると憎たらしいものの他の何にも該当しない。
此れほどの罵声を浴びても何も言い返さない哉慧。
ただ震える水彌。
天舞には最高の眺めであった。
「さてと、誰から殺そうかな・・・。どっちからでもいいんだけどね。」
クックックッと笑うと、天舞は斧の刃についた木の粉をフッと吹いた。
木の粉はふわりと刃から離れて、空に散った。
刃は月光を受けて、先程より鋭く光った。
そして天舞は、銀色の光から目を離し、二人を見下す目で見つめた。
「いいよ。どっちが先に死ぬか、二人で相談しなよ。殺せれるなら、順番なんてどうだっていいから。」
殺せることが前提らしい。
「・・・私まだ・・・死にたくない・・・。」
水彌はしゃがみ、俯いて、小さく呟いた。
その小さな声もまた、今となっては静かになった小屋に響いた。
無論、天舞の耳にも入った。
「ふふ・・・だって。じゃあ生きる時間を、少しだけあげるね。」
目を細めて、天舞がと笑う。
『生きる時間を少しあげる』・・・どういうことなのか。
「・・・哉慧よりもね。」
細めた目を少し開いて、そこから眼球を哉慧に向けた。
「哉慧に先に、死んでもらうよ。」
「・・・・!」
哉慧の目が、天舞に向けられた。
天舞も哉慧を見ていたのだから、二人の目線はまともにぶつかった。
「・・・クッククク・・・。」
天舞が嘲るように笑った。そしてまた、銀色の光に目を向けた。
小屋の破壊の際に酷く使われた斧だったが、鋭光を受けて鋭く銀色に光った。
「切れ味が良さそうだね・・・とうとうこの日が来た・・・ハハハハハ。」
この世の至福を噛み締めるように、天舞が声をあげた。まぁ、天舞にとっては、何よりも至福なことだろう・・・。
天舞はしゃがんだ水彌を見据えた。震えている。
「・・・水彌、怖くないよ。すぐに楽にしてあげるからね。」
そしてフッと、白い歯をちらつかせて笑った。何処となく嘲りがある笑みだ。
「こっちにおいで、哉慧・・・。」
斧を持つ手の反対の手で、哉慧を手招きした。
哉慧は動かない。
「・・・もう、逃げ場は無いぞ。早く。」
事実以外の何でもない言葉も添えて、天舞がこちらに来るように促した。
覚悟をしたのか、哉慧は、重い足を進ませた。
コト・・・コト・・・コト・・・コト・・・・・・・・・
哉慧は天舞の影を踏みつつ、天舞に近づいた。
「ククク・・・。」
天舞の真正面に、哉慧は立った。
「哉慧・・・今まで僕の邪魔したことを悔やむことだな・・・ハハハハ。」
口を開かない哉慧に、天舞はいい気になって言いたいことをとことん言う。
哉慧は先程と変わらず、黙ったままだ。
水彌は顔を上げない。
「さあ・・・ ・・・死ね・・・!!」
両手で握った斧を空に翳した。
斧の刃の先が、冷冽にギラリと三日月形に光った。
チャラララーラーララーラ〜♪
チャラララララーラーララーラ〜♪
「!!!!!」
天舞が腕を上げたまま、止まった。
刹那。
ドカ!!!!
哉慧は、天舞に避けるどころか、受身を取る時間さえも設けなかった。
天舞の横腹めがけて、哉慧は捨て身の如く強く突進した。
「っぐ・・・!!」
哉慧の肘が脇腹に直撃した。
・・・これは痛い。哉慧のタックルの衝撃をそのまま受けて、天舞は崩れた。
斧は真正面に、木製の床にザクリと刺さった。
「っがは・・・!」
天舞がうめき声をあげた。横腹を押さえて、痛みに顔を引き攣らせた。
大人でも、今のは効くようだ・・・。
哉慧だけが立ち上がった。
天舞は激痛に歯を食いしばり、眉間に皺を寄せていた。
それでも天舞は、立ち上がった哉慧を睨んでいる。
・・・まだ、諦めていないようだ。
――もたもたしている時間はない、すぐに逃げたほうがいい。
哉慧は直感的にそう思った。
「水彌!」
哉慧が振り返った。
水彌は携帯を握ったまま、哉慧に頷いた。
二人はまた、暗闇の中を走っていた。
「・・・携帯電話?」
水彌の手元を見つめて、哉慧が言った。
「うん。ポーカーの携帯に電話をかけたの。」
水彌は携帯を折りたたみ、再びポケットにつっこんだ。
「ポーカーの電話番号知ってたんだ?」
「ううん、この携帯は私のじゃなくて、みちるの。無断で持ってきちゃったけど。」
水彌は苦笑して言った。
「ふぅん。それにしても携帯電話も進化したね。僕が生きてた時はまだ、折りたたみなんて無かったな。」
哉慧が追懐した。
「へぇ〜・・・。それにしても、天舞だけが驚いてくれてよかった。」
「あいつは浮かれてたからな。まぁ僕も驚いたけどね。」
「流石、哉慧だね。哉慧にまた助けてもらったなぁ。」
「いや、水彌のおかげだよ。天舞の気をそらせたおかげで助かった。」
草の葉の上の露が、キラリと光った。
やがて闇を抜けて、淡い天の光の下を、軽い足取りで走った。
テントが密集しているところを避けながら、二人は小屋から遠ざかっていった。
そして二人が次に行き着いたのは、炊飯場だった。
炊飯場は空を覆うものがないので、天から注がれる光が直に届く。
空を見上げると、光を失いつつある、白く丸い月が西の方に傾いていた。
その対の地平線は、赤く燃えるように輝いていた。
炊飯場には、木製の可愛らしいテーブルや椅子が並べられている。それらは浅緑色の苔を纏い、朝露を吸って湿っていた。
「もうそろそろで、夜が明けるかな・・・。」
哉慧が、東の空に目を向けた。
日が昇れば、天舞の霊がポーカーの体から、強制的に抜かれる。
月夜の命を駆けた追いかけっこに幕が閉められるのである。
「水彌、あともう少しの辛抱だ・・・。」
「うん・・・。」
夜空は、太陽の炎に燃やされているようだった。
燻ったように黒く不透明な空を、月と共に、燃やしてしまえばいい・・・。
ザザザザッ・・・。
水彌達の背後の草が、明らかに不自然にガサガサと音を立てた。
その葉から、平行に伸びる葉脈を伝って朝露が零れ落ちた。
反射的に、二人は振り返った。
先鋭で銀白色の三日月は、まだ沈んでいないようだ。
わずかな月光と暁の炎の明かりを反射して、未だ鋭く輝いていた。
希望の東雲の光も、冷たい光に変えながら。
「絶対・・・殺してやる・・・!!」
二人が振り返ると・・・やはり、天舞がいた。勿論その手には、斧も握られていた。
天舞の表情は怒りと焦燥で歪んでいた。
憎しみに全てを委ねたような男だ・・・そう哉慧は思った。というより、もうそれに該当している。
あんなに脇腹を強く打ったのにまだ追いかけてくるとは。
「まだ勝ったと思うなよ・・・!すぐに殺してやる・・・!!」
天舞は二人を睨みつけていた。・・・というより、水彌を睨みつけていた。
先程水彌が哉慧を殺すのを邪魔したのを、根に持っているようだ。
空は徐々に、明るくなってきた。
・・・早くしないと、体から強制的に追い出されてしまう。
こんな、睨み合っている間にも、太陽は昇り続けている。
「死ねぇぇぇぇ!!!」
白々としてきた空に急かされたらしい。
天舞は何も考えずに斧を振り回しながら、二人に突撃してきた。
勿論立ち止まったままでいる二人ではない。二人は逃げ出した。
それでも斧を振り回した男を他人に晒すのは危ないので、二人は炊飯場内で逃げ回るしかない。
「待てェェェェェェェ!!!」
天舞はそう怒鳴りながら、狂ったように走った。いやもう狂っている。
というより、待てと言われて、待つわけがない。
空は、明るくなってきている。
その空に対比されるように、影もターンブルブルーから墨色へと変化していた。
「逃げ回っている間に日が昇るだろう・・・。」
火照った頬をしている水彌の横顔に、哉慧が話しかけた。
その一言で、どれだけホッとしたことか・・・。
「そうだね・・・。」
水彌が、小さく答えた。
水彌はもう既に、気力で足を動かしており、もう体力の限界が目前だった。
12時から今まで、普段なら水彌は眠っている時間なのだ。
それが睡眠を取るどころか、一晩中走りまわされたのだ。疲れないわけがない。
しかしもう、追いかけっこに開放される。もう日は昇る。もう走らなくていい・・・。
明らかに、水彌は油断をしていた。
「水彌、前!!」
・・・油断大敵。
水彌の前方に、突然大木が現れた。
いや、突然ではなく、水彌がボーっと走っていて、木に気がついていなかったのである。
衝突寸前に哉慧が声をかけてくれたおかげで、水彌は我に戻り、木を避けることが出来た。
水彌は大木の右へと駆けた。
が、哉慧は左に逸れた。二手に分かれてしまったのだ。
「水彌!!」
一番驚いたのは哉慧だろう。
水彌もただなんとなく、右に避けてしまったのだ。逸れてからしまった、と思ったところでどうしようもない。
そして、天舞といえば・・・標的が分かれてしまえば、どちらかを追うしかない。
天舞は二手ら分かれた、水彌の後へついた。
「し、しまった・・・!」
水彌が朦朧としたまま走っているのを察した哉慧は、これはヤバイと、流石に思った。
恐らく天舞も、哉慧より水彌の方が殺し易いと察したのだろう。
このままでは、水彌が天舞に追いつかれてしまう。
まだ哉慧が追いかけられた方がマシだった。
ギラギラしている天舞の目を見て、哉慧は体に身震いが駆け抜けるのを感じた。
「天舞、おい!!天舞!!こっちまでおいでー♪」
お尻ペンペンをしながら、哉慧が叫んだ。
が、天舞は哉慧をシカトしている。というより、目の前のターゲットしか、眼中に入っていないようだ・・・。
「・・・ちっ!」
声をかけてもダメなら、体をはって注意を引きつけるしかない。
哉慧は水彌に向かって走り出した。
もうフラフラになっている水彌だが、殺されまいと必死だった。
しかし天舞だって必死である。
天舞のタイムリミットは近い。時間内に殺したいと頑張っているのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・・・・・。」
水彌の足も危なっかしい。フラフラしていて、何時転んでしまってもおかしくない。
徐々に、水彌と天舞の距離が狭まっていた。
「・・・ククククク・・・。」
天舞が喉を鳴らして笑い出した。
水彌の後ろから聞こえる笑い声は、次第に大きくなっているように聴こえる。
近くなっていく笑い声が、いっそう水彌を急き立てる。
天舞の足が、乱暴に草を蹴散らす。
火照る頬に受ける空気は、水気を含んで、熱い頬には一層冷たく感じる。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・。」
目に冷たい風が入り、追いつかれる恐怖も手伝い、水彌の目は潤んだ。
足はもう限界を超えつつあり、正直もう走りたくないところだった。
傍ら、天舞は柄を握る片手を持ち上げ、もう片手も柄を握った。
勿論それが、何をしようかは見当がつくだろう。
天舞は性悪く笑った。
哉慧の体を、寒気が貫いた。
「ふふ・・・。」
天舞の両腕が上がった。
銀白色の三日月が、空に掲げられた。
目を大きく見開いた。
「死ねええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーッッッ!!!!」
「水彌ーーーー!!!」
物音など立たなかった。
一瞬、空振りをしたかのように見えた。
風を受けて、髪が空に放たれた。
ゴムの束縛が無くなり、水彌の髪が、風を受けて自由に躍動した。
斧は、水彌を切り裂き損ねた。
何が起こったのか理解できず、水彌は立ち止まった。
それにつられて、天舞も哉慧も立ち止まってしまった。
水彌は体ごと振り返った。
風に遊ばれていた髪が、肩についた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
荒い呼吸も、激しく鼓動する心臓も、まだ落ち着かない。
水彌は潤んだ目で、二人を見据えた。
二人とも、言葉を発しない。
その代わりに・・・表情が、訴えている。
水彌を見つめたまま、口を軽く開け、目を見開き、
まるで、信じられないものを目の当たりにしたような・・・。
「・・・姉さん・・・?」
わずかに開いた口から、言葉が漏れた。
「姉さん・・・なんで・・・?」
天舞の手から、斧の柄が滑り落ちた。
湿った地にドス、と音と立てて落ち、ぱたん、と柄が地についた。
天舞は一歩一歩ゆっくりと、水彌に近づいていった。
水彌は後ずさりしようとしたが、・・・先に相手がこちらに着いてしまった。
天舞が徐に両手を上げた。
「姉さん・・・。」
水彌の耳元にそう呼ぶ。
水彌は天舞の腕に包まれていた。
「なんで姉さん・・・ここに居るの・・・?僕に会いに来てくれたの?」
『姉さん』?
天舞の肩越しに、水彌は哉慧を見た。
哉慧は目を細めた。
「水彌・・・今の水彌は・・・すごく、琥珀に似てる・・・。」
小さく、そう言った。
哉慧はフゥとため息をすると、額に指を当てた。
「姉さん・・・今まで何処に行ってたの?寂しかったじゃない・・・か・・・。」
水彌の頬に、熱くて柔らかいものが密着した。水彌の頬よりも熱くなり、・・・雫が伝い、水彌の頬も濡らした。
水彌の耳元に、ヒックヒック・・・と、しゃっくりのような声が聴こえた。
今の姿勢と状況がたまらず、水彌は天舞の肩を掴んで、天舞を優しく離した。
天舞の視線がまともにぶつかった。
天舞は泣いていた。
天舞は目の下を指で拭い、恥ずかしさにか、顔を少し赤らめた。
「姉さん・・・寂しかったんだよ、ずっと。」
鼻声だった。
天舞が目線を落とした。目を細め、耳まで赤くした。
「ずっと一緒だったのに・・・哉慧が現れてからは、哉慧ばかりで・・・」
哉慧は自分の名が出てきて、天舞を凝視した。まさかそんな風に思っていたなんて。
「哉慧に姉さんを取られて・・・本当に寂しかった・・・。」
自分を恨んだ要因って、これだったのか・・・。哉慧がゴクリ、と唾を呑んだ。
天舞はまた水彌に抱きついた。
引き離したいのもやまやまだが、・・・何だか、今回は引き離しがたい。
「・・・・ごめんね、寂しい思いをさせて。」
淡く、優しい声で、水彌が囁いた。
天舞の頭を、水彌が優しく撫でた。
それに応えるかのように、水彌の体を抱きしめる腕に、力が込められた。
泣き声を上げたいがそれを押し殺すような声が聴こえた。
「ずっと、好きだった・・・。」
天舞が小さく囁いた。
それから、恥ずかしいのか、水彌の胸に顔を埋めた。
・・・この言葉には、流石に答えようがない。水彌は黙ってしまった。
哉慧も何も言う言葉が見つからない。
「何も・・・言わなくていいよ、姉さん・・・。ただ今は、こうさせて欲しい・・・。」
天舞は、叶わぬ恋であることをかみ締めるように、目を瞑った。
「叶わないことは・・・解ってた。置き場のない気持ちだって解ってた。・・・だけど、一度好きになってしまったら、止められなくて・・・。
そんな僕の気も知らずに哉慧は・・・僕の前でも姉さんといちゃつくから・・・悔しくて・・・哉慧に当たった。哉慧を、殺したいぐらい恨んだ・・・。」
涙目のまま、天舞が顔をあげた。
「哉慧・・・ごめんなさい・・・・・・・・。」
赤くなった目に、また涙が溢れる。
「苦しい思いにさせて、ごめんな。だけど僕も、琥珀が好きだ。」
哉慧が一歩譲るように、落ち着いた声で言った。
それでも、譲らないところは譲らない。
天舞もそれは、黙認していた。
「・・・姉さんは幸せ者だ。いろんな人に愛されるんだから・・・。」
「姉さん・・・僕、もう天に昇るよ・・・。」
天舞が優しく、目を細めた。
「さよなら、天舞・・・。」
天舞の体が、ぐったりとした。
水彌はそっと天舞の体を草むらに横たわらせ、天舞の顔にそっと触れた。
何の反応も無い。・・・寝ていた。
もう天舞の霊が抜けたのだろう・・・。
水彌に安心が戻った。体に疲労を感じ、指先に感覚が宿った。
「哉慧、天舞は・・・きっと悪さをしないだろうね・・・?」
立ち尽くした哉慧に、声をかけた。
・・・・・・・・・。
ドサッ
哉慧の体が、膝から崩れ、草むらに倒れこんだ。
「哉慧!?ちょっと!!」
水彌は哉慧に駆け寄った。
哉慧の頬を冷たくなった指で触れるが、哉慧も反応を示さない。
「なんで?!どうして!?・・・・哉慧!!か・な・え!!」
哉慧の頬を水彌が両手でバシバシと叩いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っっっ!!」
哉慧が目を開いた。頬の痛みに眉間に皺を寄せながら。
「哉慧!!何寝てるの!!」
水彌がデカイ声で言った。
「・・・哉慧って誰だよ?」
「っえ?」
「ボケてるのかお前。俺は優斗だろ!」
元々、優斗の体である。
「・・・・・・・・あ・・。」
空には、朝日が昇っていた。
キャンプ場での朝ご飯は、飯盒で炊飯したご飯、味噌汁などなど。
炊飯場で皆で、ワイワイ食事した。
無論薪を取りに行く時、薪小屋が破壊されていたのには騒がれた。
それでも目撃情報は一切無かったので、犯人は突き止められずじまいだった。
帰り際に倭も、ポーカーに電話番号とメルアドを訊いていた。
ポーカーは筋肉痛に顔を引き攣らせていた。
「・・・・ってぇ・・・。」
帰りのバスの中で、優斗が筋肉痛に悲鳴をあげていた。
「なんだよ?」
「しらねーけど、筋肉痛。」
「そんなに運動してなかったと思うんだけど・・・・。」
「昨日の坂でか?」
「運動不足だな・・・。」
「嘘だ。ってか眠いから寝る。」
優斗は椅子を後ろに倒し、爆睡してしまった。
まぁ・・・昨日あんなに走り回ったのだから、筋肉痛になってもおかしくないだろう。
しかし優斗本人は、そんなこと知る由も無い。
「っふぁ〜〜〜。」
水彌は口をどでかく開いてあくびをした。
「眠いの?」
隣に座っている沙羅が、水彌の顔を覗き込んだ。
「うん・・・昨日怖くて眠れなかったの。」
てへ、と水彌は砕けてみせた。
「それより・・・ポニーテールどうしたの?」
補助席にすわっているみちるが訊いた。
「ゴムが切れちゃって・・・。」
水彌は苦笑して言った。
それにしても眠い。
「眠いから、寝ようかな・・・。」
水彌が目をこすった。
「だね・・・水彌ホントに眠そうだし・・・。おやすみ。」
「うん、じゃあ寝るね。ごめん。」
水彌はそう言うと、後ろを向いた。
「ねぇ、椅子倒していいかな?」
水彌が後ろの席の人に話しかけた。
BACK TOP あとがき